乳腺腫瘍は犬・ネコ問わず日頃遭遇することの多い腫瘍です。避妊手術をしていない、あるいは2歳以降に避妊手術をした中・高齢の犬・ネコに多いです。オスにも見られます(発生頻度は稀で、乳腺腫瘍の1%以下)。
さて、発情周期が不整になり、乳腺が腫れたり乳汁がでたり乳腺炎になったり…を長期続けていたM.ダックスフントの症例です。
乳腺は左右とも重度に腫大し、腫大した乳腺内にシコリを含んでいました。通常、犬では5~7か月周期で発情期が訪れますが、このワンちゃんは明瞭な発情が起きず、いつからかずーっと前から乳腺が腫れ始め、自分の乳腺を舐めるようになりました。舐めるうちに乳腺に細菌感染が起き乳腺炎を起こすこともしばしば。乳腺全体が徐々に腫れ、歩くと乳腺が床に擦るほどになり、ついには床と擦れる皮膚から出血が起きるようになり乳腺切除手術と避妊手術を同時に行うことになりました。
≪症例≫M.ダックスフント メス 10歳
乳腺腫瘍の手術は順調に進み、最も腫れが著しい部位(右の第5乳腺)の処置を行っていました。
腫れた乳腺の下に鼠径ヘルニアが隠れていました!!乳腺腫瘍が大きく、その下に起きた鼠径ヘルニアに気づくことができなかったのです。
≪鼠径ヘルニア≫とは、珍しい病気ではなく人でも起きます。耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか?お腹の臓器や組織が『鼠径管』という筋肉にできたトンネルを通って通常の場所から出てきてしまう状態です。妊娠・発情期に起こることが多く、遺伝的要因もあると言われています。
鼠径ヘルニアは珍しい病気ではないので、乳腺腫瘍摘出手術の一環として鼠径ヘルニアの整復・縫合を行うことになりました。下の写真でガーゼからはみ出ているのが≪鼠径ヘルニア≫です。ヘルニアを戻して(整復)、筋肉のトンネルを埋める(縫合)処置を行いました。
鼠径ヘルニアには、お腹の臓器や組織が充満しているのですが・・・今回は子宮が入っていました!!(子宮(右子宮角)と子宮広間膜、脂肪)鼠径ヘルニアの膜を破った状態が下の写真
時間はかかりましたが、乳腺腫瘍の切除、鼠径ヘルニアの整復・縫合、避妊手術を同時に行うことができました。手術後12日、抜糸の際に皮下漿液腫という腫れが一部に見られましたが経過良好で、皮下漿液腫も数日で治癒しました。
日頃遭遇する病気でも、想定外のことが起きるとビックリしますね!今回の症例では10歳で元気なワンちゃんでしたから手術を無事乗り切ってくれましたが、状態の悪いワンちゃんであれば手術を最後まで終わらせられなかったかもしれません。当方での手術前検査で≪鼠径ヘルニア≫に気づけていれば飼い主様へ手術手順、リスク、所要時間などお話しできたのですが手術後に話を聞いた飼い主さんもさぞかし心配したでしょうね。