食道機能が低下すると嚥下した食物が胃まで到達できずに留まり、吐き戻すことが多くなります。食べた食物がすぐに吐き戻されることを『吐出』と言います。『吐出』と『嘔吐』は似ていますが『嘔吐』は胃内容物が吐き戻されることを指します。

さて、食道機能が低下する原因として、先天性及び後天性(①食道・胃の疾患、②内分(ホルモン)泌疾患、③神経疾患、④腫瘍、⑤感染症) が挙げられます。ミニチュア・シュナウザー及びフォックス・テリアでは先天性巨大食道症が報告されています。日本国内ではミニチュア・ダックスで発生が多いとされています。また、後天性では甲状腺機能低下症や重症筋無力症が原因になることがありますが、原因が特定できないケースも珍しくありません。

治療は先ず巨大食道症と関連する基礎疾患を探すことから始まります。先天性でなければ何かしらの原因が隠れている可能性が高いからです。繰り返しになりますがまた、原因が特定できないケースも珍しくありません。食事の際は食物が食道に滞留しないように立位で食事を与えます。ガツガツ食べずゆっくりと、トロトロした流動食を与えるのが良いと思います。立位で食事しても吐出してしまう場合、誤嚥性肺炎を予防するため胃瘻チューブの設置も有効です。先天性巨大食道症の一部は成長とともに治癒するそうです。後天性特発性巨大食道症は基礎疾患にもよりますが多くのケースで完治せず、約40%で誤嚥性肺炎を起こし、重症化すると死に至ると言われています。

【症例1】軽度誤嚥性肺炎を罹患したが、食事の際の姿勢改善のみで快方に向かったケース

 ウェルシュ・コーギー 9才 オス

 来院の前日から頻回嘔吐があり、夜になり呼吸が荒くなった。とのこと。

食道の拡張及び気管支パターンを疑うレントゲン画像
肺が白くなっている(気管支パターンと肺胞パターン)

 食道の拡張(巨大食道症)があり、巨大食道症による誤嚥性肺炎と判断

 巨大食道症の基礎疾患特定できませんでした。肺炎の原因は巨大食道症による吐出と判断しました。

このコーギーさんは今まで既往歴もなく、元気に生活していたワンちゃん。過去に異物誤食等で食道炎を起こした!とか、強酸・強アルカリの物質を食べてしまった!とか・・・心当たりはないとのこと。

血液検査でも頻回嘔吐につながる異常はなく、甲状腺ホルモン数値も正常。思い当たる原因(異物誤食や食事の変更や過剰ストレスなど)もありませんでした。

 ≪当院処置・処方≫

 ・抗生物質(セファレキシン) 1週間

 ・胃腸薬(メトクロプラミド) 2週間

 立位で食事し、食道に食事が滞留しないようトロトロにした給餌を続けていただきました。

 薬を飲み切り2週間後も体調が安定していたので、立位での食事は継続しつつ治療終了としました。

 

【症例2】巨大食道症に伴う重度誤嚥性肺炎を発症し二次診療施設にて入院治療したケース

ジャックラッセル 12才 オス 

第0病日

『2・3か月前からむせることが多くなり、昨日から食後すぐに嘔吐する』との主訴で来院。

体重 12.48kg 元気・食欲など一般状態は良好

【血液検査】肝臓関連の項目が軽度上昇(ALT 136U/L)、

甲状腺ホルモン(T4) 1.9μg/dl 異常なし

【レントゲン】食後5分経過後も食事が弛緩した食道内に滞留

↑造影剤を飲んだ直後
↑造影剤を飲んで2分後
↑造影剤を飲んで5分後

【当院処置】重症筋無力症を考慮しピリドスチグミンを1日2回

      立位でふやかしたフードを少量づつ給餌したいただく

第14病日

立位でゆっくり食事する等の食事の工夫で2週間程度安定していたが、突然の症状悪化

『飲水後のむせこみが悪化し、粘液・泡沫状の唾液を1時間ごとに嘔吐している』とのこと。

体重 11.6kg 体温 40.0℃

呼吸がゼーゼー荒く、発熱を伴っており誤嚥性肺炎と判断

【当院処置】誤嚥性肺炎悪化防止のため持続性抗生物質の注射

巨大食道症に伴う誤嚥性肺炎は悪化する可能性が強く二次診療施設を紹介させていただきました。

第15~25病日

流涎、発熱、努力性呼吸、酸素飽和度の低下が見られ二次診療センターにて入院下で検査・治療を実施

【血液検査】

抗アセチルコリン受容体抗体価:異常なし

【内視鏡検査】喉頭に液体貯留、食道の内腔拡張・液体慮流、胃粘膜に腫瘤性病変

食道の内腔拡張
胃粘膜に腫瘤性病変(この腫瘤が巨大食道症の原因になっている可能性低い)
胃瘻チューブを設置

【胃瘻チューブ設置】お腹の外から胃に直接チューブをつなぎます。弛緩し機能不全状態の食道を経由せずに、チューブを使って食事を胃に直接届けることができます。約2か月間、胃瘻チューブから食事を与えていただきました。

第26~87病日

内服薬もなく、自宅にて胃瘻チューブによる食事を続け、体調安定。

第88病日

胃瘻チューブを抜去し、自宅にて立位でふやかしフードを口から給餌

第200病日

立位でふやかしフードを口から給餌することで嘔吐もなく、元気に過ごしている。食餌の工夫は継続しながら治療終了となりました。

【症例3】痙攣発作を伴い腫瘍の関与を疑ったケース

シュナウザー 11才 オス 

体重 9.6kg(以前は12kgくらい) 体温 38.3℃

硬直性痙攣、呼吸は早くゼーゼーした状態で来院されました。

『2年前に盲目になった(原因不明)。1週間前から嘔吐が増えた。以前、他の動物病院で甲状腺機能低下症と言われた。体調が急変(硬直性痙攣を伴い呼吸速迫)した。嘔吐の際には粘調性の高い泡状唾液を多量に吐く』とのこと

血液検査:感染所見(好中球数増加、中毒性変化)、肝障害、高コレステロール血症、炎症マーカー高値

酸素飽和度(SPO2)91%

酸素室で抗痙攣処置を行い、翌日体調が安定した状況でレントゲン検査を実施し巨大食道症を確認

↑造影剤を飲んだ直後のレントゲン
↑造影剤を飲んだ5分後のレントゲン

背景に食道狭窄、胃の噴門狭窄、食道の動きを阻害する神経麻痺、それらを引き起こすホルモン疾患や自己免疫疾患、腫瘍性疾患を疑いました。

外注検査結果(重症筋無力症及び甲状腺機能低下症の検査)から甲状腺機能低下症と判断しました。 

酸素室下で抗生物質、抗てんかん薬を続けましたが嘔吐が散発し誤嚥性肺炎の顕著な改善が見られませんでした。 

甲状腺機能低下症は確認できましたが、甲状腺薬をスタートしても症状の改善は見られませんでした。

自宅でのケアとして、酸素室内で呼吸を安定させ、食事はおかゆや動物用流動食を立位で飲ませていただきました。頻発する吐出に対し、高カロリー静脈点滴で少しでも栄養を補いました。誤嚥性肺炎は顕著な改善を示さず20日後、家族に見守られ天国に旅立ちました。

ミニチュア・シュナウザーでは先天性巨大食道症が報告されていますが、本症例では11歳で巨大食道症を発症しているので先天性の可能性は低いと判断。2年前、盲目になっていることと巨大食道症の発症についても不明です。腫瘍性疾患又は自己免疫疾患が背景にあり、その腫瘍又は自己免疫疾患が神経障害をおこし硬直性痙攣や食道麻痺を起こした可能性を疑いました。硬直性痙攣と巨大食道症は全く別の病態なのかもしれません。原因の特定、病態の精査ができておらず、飼い主様もやるせない気持ちだったと思います。全身麻酔に対するリスクもかなりありましたが、症例2のように胃瘻チューブを設置していたら体調が落ち着いたのか後悔の念があります。

本症例を巨大食道症として掲載するか悩みましたが、巨大食道症は原因不明なケースが多く、様々な事例があると思います。原因が判明せず不安に思う飼い主さんに情報提供という形でお役に立てればと考え掲載することにしました。